第三次声優ブーム・桜井智とレモンエンジェル

アイドル
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マクロス7と赤ずきんチャチャ

アニメ、超時空要塞マクロスシリーズ。80年代SFロボットアニメでは、ガンダム、サンライズシリーズの他では、やはりこれでした。
超時空シリーズとして、その後も超時空世紀オーガス、超時空騎団サザンクロスと続きましたが、アニメ雑誌でこそ取り上げられたものの実際にはそれほど人気が出ず、マクロスだけが続編を続けていくことになります。
十年以上経って1994年から続編がTV放送されます。第1話に先駆けてSP番組が放映されたのですが、そこには後で深い付き合いとなる女性声優が登場していました。それが、ヒロインのミレーヌ・ジーナス役の桜井智だったのです。
私の趣味の一つにアナログゲームがありますが、東京のアナログゲームで有名なお店が閉店セールをやるというのでゲームサークルの主宰と一緒に遠征することになります。
その趣味から思わぬ方向へ、野暮用というとあるミュージカルに付き合うことになるのですが、それは、赤ずきんチャチャという漫画原作のアニメから派生した舞台でした。そこで、マリンちゃんという脇役を演じていたのが、実は主宰の推す桜井智でした。
マクロス7の放映、チャチャミュージカルと何気に知り合いの推す声優さんに触れる機会が重なったことで、徐々に桜井智という名前が頭から離れないようになって来ます。そして、パソコン通信のNIFTY-Serveでも、声優フォーラムの桜井智会議室(いわゆる掲示板)に顔を出すようになります。
アニメで声優として人気が出て、第3次声優ブームと言われる特に女性声優を人気とする盛り上がりを見せますが、そんな中、元アイドルユニット、レモンエンジェルの一人でもあった桜井智は、ソロ名義での再デビューを果たします。
声優雑誌も続々創刊されるなど、露出も増えて人気が出てくると、いよいよ歌手としても再デビュー「BABY,  BABY」の発売に合わせてリリースイベントが開催されますが、これに参加することに決めます。
リリースイベントなんてもちろん初めてでしたが、桜井智会議室で事前にネット上で知り合いになっていた方々とその現場で会うことになり、この体験は、忘れられないものになります。
会場でも歌が披露されましたが、「BABY, BABY」で実際にコールするという場面に遭遇します。それは、コール、ジャンプと言った80年代に起源を持つアイドル対する声援の仕方です。イベント前でも、会場前に佇んでいた(後に古参の方と分かる)ファンが缶バッジを沢山付けた特攻服だったのを今でも覚えていますが、要するに濃ゆい人達が何人も駆けつけていた訳です。
本人との握手も果たし、サイン色紙も貰い(残念ながらその場サインではなかったですが)、気分もかなり盛り上がった所で、その年に開催されるという復活コンサートへ参加することになります。その時には、ファンクラブである桜井智後援会にも入会していました。
桜井智会議室では、ライブに合わせて有志一同でフラワースタンドを送ろうと言う話が持ち上がり、私も一口乗ります。ライブもさることながら、オフラインミーティングの色合いも強く、当日までは、もう色々ワクワク感が止まらなくて楽しみでした。

1995年8月14日五反田ゆうぽうと

1995年真夏の暑い日、二人で五反田ゆうぽうとへ向かっていました。ライブ自体は森口博子以来だったか、アイドル声優のライブなんてもちろん初めて。その現場で、TOMO部屋(前述の桜井智会議室)の面々と、名古屋のリリイベ以来の再会します。
もちろん初めて会う人も居ました。当時は、自前の名刺を用意したり、鞄にファンと分かるようにCDキーホルダーを付けてアピールしてみたり、そういう声優ヲタ、パソ通ヲタ的なノリを楽しみました。
その中心に居た、元レモンエンジェル(桜井智がアイドル時代に居た3人組グループ)の親衛隊の人達は、アイドルに対しての応援の仕方に精通して実践してきた面々であり、入場前の開場前でコール表を配ったりしていました。
当時は、今程ネット環境も普及していなくて、PCで出来ることも色々制限がありました。テキストファイルをコピーしてホッチキス止めしただけのものでしたが、初めて見るコール表が新鮮だったのを覚えていますし、そのコール表もまだ手元に残っています。
また、GTジャンプという「PPPH」(所謂パン、パ、パン、ヒュー)の最後の拍で跳ぶ時の跳び方講座みたいのもあって、現場でのファンのあり方みたいなものを開演前に教わりました。
そして、まだペンライトが無かった頃サイリウム(桜井智はイメージカラーがピンクだった)も準備し、ライブが始まりました。
統制を取る人がほぼ最前中央にいて、サイリウムでは無く赤く光る警棒=統制棒で音頭を取っていました。今現在、現場でコールする時に聴く「ハーイ、ハイ、ハイ、ハイ…」の下りは、元々は統制の人のみが発していた言葉であって、皆がそこを言うものでは無かったのは、当時からの人なら分かっていると思います。
当日のライブでは、ソロデビューアルバム『T-mode』を中心に、過去のキャリアである、レモンエンジェル、サブリナ、そしてマクロス7関連曲を含むアニソンを披露。さすがにレモンエンジェル時代の楽曲は、インパクトが凄くて、特に「たそがれロンリー」については、当時からのファンにとっては盛り上がりが半端無かったです。
イベント会場よりもライブ会場がやはり現場感が凄くて、時代が変わって紙テープこそ無かったものの、フラワースタンド、垂れ幕、サイリウム、コール、ジャンプと現場で体感して、これが(声優)アイドルのライブなんだと震えたことを覚えています。これは森口博子のコンサートでは味わえなかったことです。
名古屋に帰宅してからは、桜井智会議室で各参加者が帰還報告、そしてライブレポ状態。レスにレスが被さって眠れない程の盛り上がりでした。
そしてこの書き込みでの盛り上がりが、パソコン通信へののめり込みにも通じ、桜井智に加速度的にハマる切っ掛けにも成りました。この後は、半ば追っかけの人生です。
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改名、結婚、声優ブームの終焉…

桜井智も、徐々に認知度が上がり、声優関連雑誌の表紙も飾るようになります。
翌年の1996年、1年振りの夏のライブも東京、大阪2会場になり、ファン同士の交流も進んで大盛り上がりでした。
桜井智は、元々レモンエンジェルという時代の最先端を行っていたアイドルグループのメンバーだったのですが、1990年に解散してから声優として復帰という経緯を辿っています。
桜井智は、第3次声優ブームを牽引した一人ですが、声優の枠を越えて活躍していた林原めぐみ、アイドル的人気の高かった國府田マリ子、椎名へきる等が他に居ました。また美少女戦士セーラームーンのキャストだった面々がNIFTYの会議室を飾っていました。
金銭面での事情もありましたが、基本的に桜井智一本で、CDを買い、イベントに向かい、雑誌を買い、ラジオを聴き、会議室に書き込む、と言った普通にファンがやっていることが人生の一部になります。活動のために高感度ラジオやLDプレーヤーと言った、普通の人が手を出さないような機器を買ったりしました。
新世紀エヴァンゲリオンが世に出てからは、後発で宮村優子の人気が出て、NIFTYにも会議室が新設されます。
しかし、声優ブームも徐々に陰りを見せます。インターネット(正確な意味ではインターネットは既に利用出来ていたのですが)がWWWの時代になり一般化、これと入れ替わるようにパソコン通信も時代遅れになって行きますが、声優ブームもシンクロするように下火になり、次の世代が育ってくるまでは落ち着きを見せます。
桜井智に関しては、櫻井智と改名をしたりしますが、所属元の演劇団のあり方に問題があったり、ファンにとっては決定的な事件とも言っていい結婚、これが表に余り出ない形で歓迎されなかった、ということがあって、いよいよもうかつての活躍は見られないのかと思ったものです。
看板の恒例のライブだったTOMO夏は、2001年を最後として幕を閉じ、私も参加しましたが、かっての賑わいはもうありませんでした。
その後は細々と活動をしていたようですが、私の方も職場環境が変わったり色々あって追い掛けることも無くなります。
ただ、2007年には六本木で行われたTOMO夏名義のイベントには出向きました。同窓会気分を求めて夜勤の合間を縫って無理矢理参加しましたが、そこでは、数年振りに会うTOMO部屋の面子との再会もあり、非常に懐かしい感じがしました。
2014年には、私の方に大きな出来事があり、東京転勤、そして選んだ居住地が千葉県です。そう、彼女の出身県なのです。居住地の船橋市は市川市の隣、行徳は通勤経路であり、この地名を聞く度に彼女のことを思い出すのでした。
翌年には、渋谷のライブハウスでのイベントに出向き、久しぶりに桜井智(櫻井智)の姿を見ることが出来ました。
物理的な距離も一気に縮まり、何かイベントがあっても直ぐに駆けつけることが出来る、という部分もあって、また少し見守って行こうという気持ちになります。
しかし、それから間もなくショッキングなニュースが舞い込んで来ます。櫻井智引退。ついに、彼女も一般人に、物理的な障壁はなくなったのにもう会うことは出来ないのか。
そして、引退から3年…
彼女の口から復帰宣言が。引退後はアルバイトもしていたと言う彼女ですが、謝罪の言葉も含め改めて一からやり直す的な感じで復帰宣言をします。そして、ライブもやるという言います。
新宿のライブハウスで行われた復帰ライブがありました。曲数も会場も小規模で、かつての声優ブームの中の彼女に比べれば地味なものだったかも知れませんが、そこで響いたコールは間違いなくかつてのアツイものでした。
TwitterやInstagramと言ったSNSにも積極的に活用し、最近ではYouTubeも定期的に配信していて、また身近な存在に成ってきています。
トークイベントも開催し、益々接触し易くなって来ましたが、その最中コロナ禍に見舞われ、SNSを通してでしかコミュニケーションを取れなくなったのは残念です。
自体が落ち着けば、またライブを観ることが出来ると思いますが、その時が待ち遠しくて仕方がありません。

おすすめの「桜井智」アルバム

お勧めというか、お気に入りのアルバムを紹介します。

残念ながら古き良き時代の作品群はSpotifyには無いようです。

1.『MYLENE JENIUS SINGS LYNN MINMAY』 (1995年)
お馴染みのナレーションで始まるマクロスソング集。さしずめ架空のアイドルのリン・ミンメイをミレーヌ。ジーナスがカバーしていると言う設定。収録されている曲については説明不要だろう。アニメの企画盤ながらオリコン9位というヒット作となり、声優・桜井智の名を一躍世に知らしめた。飯島真理書き下ろしの11曲目「あなたへのLOVE SONG」がこれまた名曲である。(※再生音量注意)

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